黎明に暮れる

「…ああ、もったいないじゃないか。」
海岸線に夥しい数のバラバラになった腐乱死体の山と、頂点に自称"神"の悪魔、フェイス。
フェイスは片手にぶら下げた魂を頬張ると、振り返って男を見やった。
「何者だ、貴様」
「私の”終末兵”たちを雑巾にしてしまうなんてねえ。かわいかったのに…」
問いを無視して近づく男に、フェイスは黙って”指輪”を投げる。
しかしそれは男に通用しなかった。指輪は空を切り、フェイスの頭上へ戻ってくる。
「ふむ、貴様この世のものではないな」
動きを止めて男はようやく返答する。
「半分正解だ。私はこの世に存在して、そして存在していない」
理解の追いつかないフェイスに、男はそのまま言葉を続ける。
「あの”病院”で何が起きたのか…私にも正確にはわからない。ただ覚えているのは、以前の私は科学と魔法を統合させることを確立させ、その論文はある都市の成立に応用されたという。」
波はゆっくりと水位をあげ、海の向こうにはメカノアートの白い反射光がうっすらときらめく。
男は続ける。
「そしてパラダイムシフトは起きた。事実上の不死が確立されたのだ。”病院”内ではそれが当たり前になった。それで十分な検証を行い、外部に発表するはず…だったのだが」
男は足元の砂をにじり、しかし真似に終わり、少し言葉を切る。
「それは叶わなかった。…禁忌だと。」
顔を歪め、絞るように声を出す。
「それからはよく憶えていない。権限を剥奪され、事実と成果を"病院"ごと封殺されても私はめげなかったはずだ。私は間違っていない。この素晴らしい『革命』を実行を以って推進させなければ!」
両手を広げ、高らかに叫ぶ男の横頬を夕日が照らす。
「私のかわいい”終末兵”たちが、不理解の前線を切り開き、やがて世界を変革するはずだった!のだ!」
男は少し疲れて、また元の調子に戻る。
「だがそれもまた、完遂とはいかなかった。結局世界は変わらない。私がいようといなかろうと―」
ふう、とため息をつく。
「…私は今や”事象”となり、観測者ですらなくなった。故に”私はここに存在して、ここに存在しない”。」
フェイスはもう男の話に飽きて、そのへんに漂う魂を手で弄んでいた。
それに気づいて、男は苦笑する。
「本当にもったいない。魂にはもっと使いみちがあるというのに」
ふと魂がフェイスの手元からこぼれ落ち、そこらの残骸に落ちる。するとそれは生き返えろうとするかのように蠢き、しばらくの後、魂を手放した。
それを見たフェイスは男に向きなおり、ニヤリと笑う。
「なるほどな」
男もそれに笑い返し、内陸の方に顔を向けて嘯く。
「この地域には先の戦争の孤児が大勢いる。彼らの行く先には何があると思うかい?」
「さてね」
フェイスもまた、遠くを眺めながらとぼけてみせた。
「さっぱり、わからんな。」

end.

関連:『黄昏に告ぐ』